今日も葉っぱを収穫。一昨日、やっと果菜類の支柱を立てた。
現在、始めてから2ヵ月弱で、もうこんな感じなのです。 なぁんか、すごいよね。。やればできそうじゃん、半農生活。
しかし、いつの間に人の生活からこんなにも土が遠ざかってしまったのだろうか。これほど豊かな大地をアスファルトで覆い尽くして、人間は何を目指すつもりだったんだろ。。
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>いつの間に人の生活からこんなにも土が遠ざかって
本当ですよね。 幼いころから父が近所に畑をかりており、幼心で芋堀などの土いじりは楽しんでいやっていたものの、最近その感覚が妙に懐かしく、遠い昔のことと思うのはなんてさみしいんだろう、、、と。
先日、栃木から野原に植わっていたニラを根っこからとってきました。 今、庭に植えているのですが、こんなにも香りが強いものかとびっくりさせられます。
土と木材を触っているとき、 ワタシ シアワセ ・・・と思うのですよね。笑
投稿者: おにぎり | 2007年05月15日 18:36
僕らが子供の頃は、もっと土と近い生活してましたよね。 やっぱり、気のせいじゃないよね。
投稿者: kogretch | 2007年05月15日 19:08
ありすぎたらありすぎたで嫌悪するだけだ。 美味しいと感じることも、自分がやったという達成感を得ることも大好きだけど、汚れることも虫にさされるのもそんなことずーっと続けなきゃならないこともイヤだから他の誰かにまかせておきたい。 自分がちょっと手を掛けただけで、害がないと思えて平気で口に運べるのもフシギだ。 たぶん、そんな勝手な思考を繰り返してきただけだ。フツウに。
投稿者: つん | 2007年05月16日 10:48
思考を繰り返してきた中でわかったこと。 自分を含め、人の考えることは突き詰めると結局全て「妄想」なんだよね。そんな「気のせい」に行動や思考を束縛されている。だから、思考を繰り返すことを一度放棄して、その中で答えを探せば、結構自然に見えてくるものなんだと思うよ。そして「気のせい」を認めつつ、それを俯瞰して生きていけば、現実とのバランスがとれるんじゃないかなぁ、って。だから「半農」の半は僕にとってはそういう意味でもあります。ちょっと、分かりにくい話かもしれないが、ま、そんな感じってことで。。
あと、具体的なとこを。。「害がないと思えて」いるのは、化学肥料を使っていないというのもあるけど、何よりも農薬かけてない、ってことね。殺虫剤のかかった食べ物をそのままで食べないじゃない? 野菜って習慣として何も考えずに洗っているけど、主な目的は農薬を落とすためだから。クスリかかってても洗えばもちろん食べるし、僕はもともとそんなにオーガニックにはこだわってないんだよね。。
投稿者: kogretch | 2007年05月16日 11:21
「害がないと思えて」ってのは、感じ方の話しだから、結構どうでもいいけどね。 「害があると思える」のが妄想だし。化学肥料なんて害と関係ないしね。ここで「殺虫剤のかかった食べ物」と書くと第三者の誤解を招くね。埃やどろだって、払い落としたり、洗い流したりする。 人里の家庭菜園なら農薬の恩恵に預からなくても問題なく育つでしょ。 素人が作っても、健康に美味しく食べられる苗木があることこそ素晴らしい。これぞ尊敬すべき前人達の偉業の集大成だ。
人間、食べるという行為そのもの以外のことは大抵、飽きるし、懲りるから、ものを美味しく食べる(美味しいと妄想する)工夫をいろいろするのは良いことだと思う。 農業や料理も信用のおける専門家に任せるのが手っ取り早く確実だ。しばしばそっちに必要以上の価値を置く妄想の仕方もできる-たまに贅沢すると美味いように思うってことね。
農業なんて、切実に農薬使わなきゃいけない場面に直面したときこそ戦いだと思うし。 りんごの皮ぐらいは、面倒がらずに剥くけどね。
投稿者: つん | 2007年05月16日 20:08
僕らの場合、趣味的に始めたという感じではないので、 ちょっとヘンな感想に聞こえるかも知れないけど、
ま、やってみたら意外と楽しかった。(笑
これは正直、意外だったんだよねぇ。。二人とも楽しんでやれてる。 これから秋にかけて、手入れが大変みたいだけど…。 疲れてるときに重い気持ちでやった時も、逆に癒された。(笑 最初はブログに書こうとも思わないくらいのスタンスだったのに分からないもんです。 (だからひと月目がほとんど書いてないのだ…) そして今は、とても大きな何かを手に入れつつあることをすごく実感してる。でも、実際に僕らがここで得た事を生活の手段としてどう利用していくのかは、また別の問題だと今は思ってる。やっぱり野菜は買った方がいい、という結論になるかもしれないしね。。
投稿者: kogretch | 2007年05月16日 20:38
コメント
>いつの間に人の生活からこんなにも土が遠ざかって
本当ですよね。
幼いころから父が近所に畑をかりており、幼心で芋堀などの土いじりは楽しんでいやっていたものの、最近その感覚が妙に懐かしく、遠い昔のことと思うのはなんてさみしいんだろう、、、と。
先日、栃木から野原に植わっていたニラを根っこからとってきました。
今、庭に植えているのですが、こんなにも香りが強いものかとびっくりさせられます。
土と木材を触っているとき、
ワタシ シアワセ ・・・と思うのですよね。笑
投稿者: おにぎり | 2007年05月15日 18:36
僕らが子供の頃は、もっと土と近い生活してましたよね。
やっぱり、気のせいじゃないよね。
投稿者: kogretch | 2007年05月15日 19:08
ありすぎたらありすぎたで嫌悪するだけだ。
美味しいと感じることも、自分がやったという達成感を得ることも大好きだけど、汚れることも虫にさされるのもそんなことずーっと続けなきゃならないこともイヤだから他の誰かにまかせておきたい。
自分がちょっと手を掛けただけで、害がないと思えて平気で口に運べるのもフシギだ。
たぶん、そんな勝手な思考を繰り返してきただけだ。フツウに。
投稿者: つん | 2007年05月16日 10:48
思考を繰り返してきた中でわかったこと。
自分を含め、人の考えることは突き詰めると結局全て「妄想」なんだよね。そんな「気のせい」に行動や思考を束縛されている。だから、思考を繰り返すことを一度放棄して、その中で答えを探せば、結構自然に見えてくるものなんだと思うよ。そして「気のせい」を認めつつ、それを俯瞰して生きていけば、現実とのバランスがとれるんじゃないかなぁ、って。だから「半農」の半は僕にとってはそういう意味でもあります。ちょっと、分かりにくい話かもしれないが、ま、そんな感じってことで。。
あと、具体的なとこを。。「害がないと思えて」いるのは、化学肥料を使っていないというのもあるけど、何よりも農薬かけてない、ってことね。殺虫剤のかかった食べ物をそのままで食べないじゃない? 野菜って習慣として何も考えずに洗っているけど、主な目的は農薬を落とすためだから。クスリかかってても洗えばもちろん食べるし、僕はもともとそんなにオーガニックにはこだわってないんだよね。。
投稿者: kogretch | 2007年05月16日 11:21
「害がないと思えて」ってのは、感じ方の話しだから、結構どうでもいいけどね。
「害があると思える」のが妄想だし。化学肥料なんて害と関係ないしね。ここで「殺虫剤のかかった食べ物」と書くと第三者の誤解を招くね。埃やどろだって、払い落としたり、洗い流したりする。
人里の家庭菜園なら農薬の恩恵に預からなくても問題なく育つでしょ。
素人が作っても、健康に美味しく食べられる苗木があることこそ素晴らしい。これぞ尊敬すべき前人達の偉業の集大成だ。
人間、食べるという行為そのもの以外のことは大抵、飽きるし、懲りるから、ものを美味しく食べる(美味しいと妄想する)工夫をいろいろするのは良いことだと思う。
農業や料理も信用のおける専門家に任せるのが手っ取り早く確実だ。しばしばそっちに必要以上の価値を置く妄想の仕方もできる-たまに贅沢すると美味いように思うってことね。
農業なんて、切実に農薬使わなきゃいけない場面に直面したときこそ戦いだと思うし。
りんごの皮ぐらいは、面倒がらずに剥くけどね。
投稿者: つん | 2007年05月16日 20:08
僕らの場合、趣味的に始めたという感じではないので、
ちょっとヘンな感想に聞こえるかも知れないけど、
ま、やってみたら意外と楽しかった。(笑
これは正直、意外だったんだよねぇ。。二人とも楽しんでやれてる。
これから秋にかけて、手入れが大変みたいだけど…。
疲れてるときに重い気持ちでやった時も、逆に癒された。(笑
最初はブログに書こうとも思わないくらいのスタンスだったのに分からないもんです。
(だからひと月目がほとんど書いてないのだ…)
そして今は、とても大きな何かを手に入れつつあることをすごく実感してる。でも、実際に僕らがここで得た事を生活の手段としてどう利用していくのかは、また別の問題だと今は思ってる。やっぱり野菜は買った方がいい、という結論になるかもしれないしね。。
投稿者: kogretch | 2007年05月16日 20:38